小阪のお地蔵さま 洞源庵について About
洞源庵の由来
大本山永平寺 朝の風景
山号 | 長昌山(ちょうしょうざん) |
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寺号 | 洞源庵(とうげんあん) |
宗派 | 曹洞宗永平寺系寺院 |
建立 | 文政三年(一八二〇年)五月十日 京都府八幡市 神応寺の末寺として、神応寺山門右側に創立。 |
本尊 | 《本堂》釈迦牟尼仏/《納骨堂》子安延命地蔵菩薩 |
鎮守 | 秋葉三尺坊大権現 |
開山 | 神応二十三世 古谿秀蓮大和尚 宝暦十一年二月十七日寂 |
法董開山 | 神応三十八世 道山慧雲大和尚 元治二年二月七日寂 |
移転 | 明治十二年五月六日 京都府八幡市より大阪市南区難波へ移転 大正十五年一月二十九日 難波より布施市(現東大阪市)小阪へ移転 |
焼失 | 昭和元年、木造二階建て本堂と庫裡、地蔵堂(納骨堂)を建立するも、昭和二十年六月十五日の大阪大空襲時にアメリカ軍が落とした焼夷弾で焼失。地蔵堂(納骨堂)のみ焼け残る。 |
再建立 | 昭和二十二年、仮本堂と書院を建立。平成十二年秋解体。 平成十三年八月三十一日、鉄骨総二階建て本堂、書院、庫裡完成。 |
落慶 | 平成十四年四月十三日~十四日 当山八世大智哲也大和尚晋山式と新本堂落慶式奉修。 |
報恩 | 平成十九年五月二日~六日 御開山古谿秀蓮大和尚二百五十回大遠忌、法董開山道山慧雲大和尚百五十回御遠忌奉修 九州長崎市晧臺寺住職大田大譲老師を拝請して報恩大授戒会修行 |
年中行事
1月1日 | 新年安泰祈祷 「理諏分経」を転読して檀信徒各家の平穏無事、火盗潜消、除災招福を祈願いたします。 |
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2月15日 | 釈尊涅槃会 釈迦の入滅の日に勤修される報恩会式当山では享保四年徳川幕府絵師狩野昌信筆の「涅槃図」を3月17日まで掲げてお釈迦さまの遺徳を偲びます。 当山の涅槃図には珍しく「ねこ」がいます。春のお彼岸法要のお参り時に探してみてください。 |
3月17日 | 春季彼岸法要 春のお彼岸です。檀信徒各家先祖代々の供養法要をお勤めいたします。 |
4月8日 | 釈尊降誕会 釈迦の誕生を祝う報恩会式 |
8月1日~15日 | 盂蘭盆会 15日夕方にはお寺でご先祖の送り火法要をお勤めします。 |
8月23日 | 子安延命地蔵会 お地蔵さまの夏の縁日です。お子様やお孫様の無事成長、ご家族の家内安全、所縁吉祥を祈願致しましょう。 |
9月17日 | 秋季彼岸法要 秋のお彼岸です。檀信徒各家先祖代々の供養法要をお勤めいたします。 |
12月8日 | 釈尊成道会 釈迦の成道(悟りを開いた事)を記念して行われる報恩会式大本山永平寺やその他修行僧堂では12月1日~8日まで「臘八大接心」(ろうはつだいせっしん)という坐禅修行が行われる。 |
当山住職経歴
住職近影 転読大般若法要
現住職 | 当山八世 住職 大 智 哲 也 和尚 |
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出身 | 三重県伊勢市 |
得度 | 昭和五十七年三月十七日 洞源庵本堂にて |
修行 | 大本山永平寺(福井) 覚王山日泰寺(愛知) |
入寺 | 平成六年五月二十二日 洞源庵へ入寺 |
住命 | 平成十二年十月一日 住職拝命 |
就任式 | 平成十四年四月十四日 本堂落慶/晋山結制式修行 |
二代目彫常師匠 秋満陽介先生作(龍版画)
80年代大阪CITYハードコアBAND
MOBS/シティーインディアン
故SINと住職の合同作品(龍香炉)
住職のひとりごと
私の好きな禅語で「看看臘月尽(かんかんろうげつじん)」という言葉がある。
臘月を生涯の最後と解釈すれば、「人間は死んで一生が終わる。自分の命も容赦なく尽きる
時がくる。命には限りがある事を知れ」という意味。
無常にも一日一日命は尽きていく。何もしない事が好きならそれも良し。
やりたい事があるなら少しでも早く始めたほうが良い。
お金儲けだって命が尽きるまで。そのお金を使えるのも命あるうち。
心と身体に向き合って、本当の自分が欲していることを聞いてみよう。